総論:20〜30億円の“偶然の成功”がもたらす錯覚
近年、未上場企業のM&A市場はかつてない盛り上がりを見せている。特に2020年代に入り、中小企業の事業承継やスタートアップのバイアウトが相次ぎ、20〜30億円といった巨額を手にした30代〜40代の若手経営者が増えた。彼らは「成功者」としてもてはやされ、SNSでも華やかに取り上げられるが、その裏には深い構造的な危うさが潜んでいる。
なぜなら、彼らの多くは“稼ぐ”ことには長けていても、“守る”こと、“増やす”こと、“使う”ことの経験がないからだ。短期間で莫大な資金を得た人間が最も危険なのは、「自分が理解できない領域」にまで手を広げることにある。金額が大きくなるほど、選択肢も誘惑も増え、判断力が狂う。いわば、成功という麻薬が、次なる破滅への扉を開けてしまうのだ。
- 一瞬の成功が「万能感」を生む構造
- 「使い道がわからない」人間の浪費と迷走
- 投資・副業で失敗する“二次破産”の構造
- 詐欺と虚業の標的になる心理的構造
- 本物の富裕層との差は「時間と知恵の使い方」
一瞬の成功が「万能感」を生む構造

M&Aによるキャッシュアウトは、努力の結果であっても、必ずしも再現性を伴わない。多くの経営者は、「市場タイミング」「買い手の戦略」「金融環境」といった外部要因の追い風に乗って出口を迎えている。
ところが、その“偶然の成功”が自己評価を大きく歪める。自分が特別な才能で成功したと錯覚し、投資もビジネスも「自分ならできる」と過信する。かつて新庄剛志選手が巨額の資産を詐欺に失ったように、「自分は騙されない」という過信こそが最も危険なのだ。
金を得た瞬間、人は謙虚さを失う。だが本当の成功者は、そこからさらに「何を残すか」「どう守るか」に意識を向ける。逆に一発で成功した成金は、守るための訓練を受けていないため、金が自分を拡大するどころか、破壊していく。
「使い道がわからない」人間の浪費と迷走

人生で初めて数十億円を手にした人間の多くは、金の使い方を知らない。彼らの多くがまず手を出すのは、「わかりやすい成功の象徴」だ。
高級車、別荘、ブランド時計、派手な飲食経営、プライベートジェット──どれも“お金を持っている感”を可視化するアイテムである。しかしその本質は「承認欲求の延長」にすぎない。
資産の使い方とは、目的があって初めて意味を持つ。たとえば事業拡大や社会的投資、教育や文化への貢献であれば持続的な価値を生むが、承認欲求を満たすための支出は必ず後に虚無を生む。
そして「お金を使う快楽」には中毒性がある。いったんそれに慣れると、使わない自分が“つまらない人間”に感じられる。結局、浪費は麻薬のように人を鈍らせ、次第に思考力を奪っていく。
投資・副業で失敗する“二次破産”の構造

M&A成金が陥りやすいのが「本業以外への進出」である。飲食店、アパレル、暗号資産、エンタメ、ゴルフ場、ベンチャー投資──どれも華やかに見えるが、実態は彼らの専門外だ。
経営者としての経験を過信し、「どんな業種でも成功できる」と思い込み、周囲の助言を聞かず、最終的には資産を溶かす。とくに問題なのは、「時間をかけて積み上げたビジネス」と「一瞬で金を得た成功」では、感覚がまったく異なることだ。
前者は“積み上げる知恵”を育てるが、後者は“短期的な興奮”しか残さない。だから同じ経営者でも、売却後の再挑戦はまったく別物であり、失敗の確率は高い。結局、二度と戻らない金を“再現できない成功の再演”に費やしてしまうのだ。
詐欺と虚業の標的になる心理的構造

世の中で最も“狙われやすい金持ち”は、実は若手M&A成金である。なぜなら、彼らは「自分が賢い」と信じているが、資産管理の実務にも金融リテラシーにも不慣れだからだ。
詐欺師にとって、彼らほど扱いやすい相手はいない。実績を褒め、未来を語り、特別感を演出すれば、簡単に心を開く。被害者たちは「人を見る目には自信があった」と語るが、それこそが盲点だ。
詐欺は“欲望と過信の掛け算”で成立する。人を疑わない善意でもなく、愚かさでもない。ただ、自分を過信した瞬間、人は最も脆くなる。
そして、彼らを狙う側は決して“悪徳投資”の顔をしていない。社会的地位を持つ人間、紹介を通じた仲介、海外不動産、ファンド、暗号通貨──どれも「合法と信頼」の仮面をかぶって近づくのが常套手段である。
本物の富裕層との差は「時間と知恵の使い方」

同じ資産30億円でも、本物の富裕層と一発屋の違いは決定的に異なる。
本物の富裕層は、金を“結果”ではなく“道具”として捉える。使うことに哲学があり、リスクを取るにも長期的な視点がある。資産配分も、信頼できる専門家とのネットワークも持っている。
一方の成金は、金そのものに価値を見出し、動かすことが目的になる。彼らにとって資産運用とは「退屈な仕事」ではなく「新しい遊び」になってしまう。その違いこそ、時間の経過とともに人生の質を分ける。
お金は、人間の“中身”を拡大する。人格が整っていれば、富は人を成熟させ、社会的価値を広げる。人格が未熟であれば、富はその空虚さを増幅し、孤独と混乱をもたらす。
最終的に、資産を残せるかどうかを決めるのは、マーケットでも税制でもなく、“自分自身の器”である。
お金があってもそれに見合った使い方を知らないといけないってことですね。
本物の富裕層はお金だけではなく、知識や人脈という財産の蓄積が大事なことを理解している人が多いと思います。
まとめ:M&A成金に必要なのは「再現性」ではなく「成熟」
未上場企業のM&Aブームは、たしかに多くの若手経営者にチャンスをもたらした。しかし、人生における本当の成功とは「出口で得た金額」ではなく、「その後の時間をどう生きるか」にある。
成功とは“到達点”ではなく、“出発点”だ。
売却後に真の意味での「経営」が始まり、資産家としての「生き方」が問われる。
20〜30億円という数字に酔い、金を「消費」して終わるか、そこから学び、社会に「価値」として循環させるかで、人生の結末はまるで違う。
結局、M&Aの“出口”で人生を終える人間と、“そこから次の入口をつくる人間”とを分けるのは、金額でも経歴でもない。
それはただ一つ——「金を手にしても、心を失わないこと」だ。
著者プロフィール

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投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。
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