総論:誤解が生まれる理由と“王室=巨大地主”という幻想
英国王室は、しばしば「世界最大の地主」「何京円もの不動産を所有する」と語られる。しかし、制度を精査すると、これは事実とは大きく異なる。誤解の本質は、“Crown”という単語が「王室」「王権」「国家資産」の三つの意味を同時に持つ点にある。歴史的には君主が国家そのものを体現していたため、植民地を含む広大な土地が「Crown Land」と呼ばれた。これが現代の感覚では、そのまま「王室の個人資産」と誤認されてしまう。だが実際には、これは国王の私有地ではなく、国家の土地を“王の名義”で管理する制度に過ぎない。この構造的な誤読が、王室が“京を超える資産を持つ”という神話を生む。
- Crown Land の正体:国家資産と王室資産の境界線
- 植民地の Crown Land:なぜ“何京円”という幻想が生まれるのか
- 王室の本当の“金のなる木”:海底権益の収益モデル
- なぜ王室は土地を自由に売れないのか ― 歴史と制度の制約
- まとめ:誤解の構造と英国王室の“本当の姿”
Crown Land の正体:国家資産と王室資産の境界線
英国および大英帝国の土地制度では、土地の最終的権威は「The Crown」に属するとされる。しかし The Crown は王室(Royal Family)ではなく、法的主体としての“英国国家”を指すことがある。この曖昧さがすべての混乱の源である。
● Crown Estate
英国本土の中心部不動産(Regent Street 等)や海底権利を持つ巨大資産。
資産価値は約 £15〜17 billion(約2〜3兆円)。
しかし国王個人は売却も収益の自由利用もできない。
● Duchy of Lancaster(国王の事実上の私的財産)
資産規模 約 £650 million(約1,300億円)。
年間収益は国王の活動費に充当。
● Duchy of Cornwall(ウィリアム皇太子の財源)
資産約 £1 billion(約2,000億円)。
皇太子一家の主な生活費源。
● 王族個人の不動産
バルモラル、サンドリンガム等。
規模は数千億円クラス。
つまり、王室の私有資産は数十兆円規模ではなく、数千億〜2兆円程度に収まる。
植民地の Crown Land:なぜ“何京円”という幻想が生まれるのか
植民地国家(カナダ、オーストラリア、NZなど)の大半は今なお “Crown Land”と呼ばれる。この名称が“王室資産”と誤解される原因だ。
● 実際の比率
• オーストラリア:約 92% が Crown Land
• カナダ:約 89% が Crown Land
この数字だけを見ると、「地球上最大の地主=英国王室」と錯覚するのは自然である。しかし、これらはすべて現地国家の国有地であり、英国王室とは一切の財務的結びつきがない。
国王は名義上「国家元首」であって、土地を“所有”しているわけではない。
もしこれらを王室資産として計算するとどうなるか。
● 単純計算例
カナダの土地価値を1㎡あたり500円と仮定し、
国土約998万 km²(=998兆㎡)のうち89%が Crown Land なら:
998兆㎡ × 0.89 × 500円 = 約445京円
つまり、あなたが直感したように、京を超える怪物的な資産規模になる。しかしもちろん、これは王室とは無関係で、カナダ国家の資産である。
王室の本当の“金のなる木”:海底権益の収益モデル

王室の財務構造で最も注目すべきは不動産ではなく、The Crown Estate が保有する海底権利である。
イングランドとウェールズの海底はほぼ全域が Crown Estate の管轄にあり、近年の洋上風力発電ブームにより、莫大な賃料収益が発生している。
● 収益モデル(簡易計算)
洋上風力の海底リース料が 1MWあたり年間数十万円〜数百万円規模とすると、
新規プロジェクト(例:7GW規模)で:
7,000MW × 年間50万円 = 年間350億円
これが複数案件で積み上がるため、Crown Estate の年間利益は近年1,000億円を超えることもある。
ただし、収益の75%は国庫に入り、王室に残るのはごく一部というのが制度上の決まりである。
なぜ王室は土地を自由に売れないのか ― 歴史と制度の制約
“王の土地=王室のもの”ではない理由は、封建王権の歴史に遡る。
1. 領土は国王が「国家の代表者」として保有するもので、個人資産ではない
2. 王室資産の大半は「代々国家のために保持するもの」と法的に固定
3. Crown Estate は議会の監督下に置かれ、売却・運用の裁量は公的法人に委譲
4. 国王の個人資産は別枠で、財務公開・責任の所在も異なる
このため、たとえ Crown Estate が巨大な利益を生んでも、
王室が自由に換金・流用することは制度上不可能である。
国王の資産と言っても結局は国のものなのですね。
自由に動かせない資産と言えども京円を超えるとてつもない資産を持っている国というのは事実ですね。権益と含めて減らない仕組みになっています。
まとめ:誤解の構造と英国王室の“本当の姿”
英国王室は、しばしば“世界最大の地主”として語られる。しかし正確には以下の通りである。
✔ 植民地の Crown Land は 国家資産
→ 王室の私有財産ではない
→ “京を超える資産”は王室には計上されない
✔ 王室の実質的私有資産は 数千億〜数兆円規模
→ 世界の大資産家と比べても特大ではない
✔ 最大の収益源は 海底権益(洋上風力)
→ 巨額収益が見込まれるが、ほとんどは国庫へ
✔ 誤解の原因は “Crown” の多義性
→ 王室・王権・国家資産が一語に混在する歴史的事情
✔ だからこそ「英国王室は京を超える資産を持つ」という認識は制度的に成立しない
著者プロフィール

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投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。
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