「逃げ切り」という幻想が、日本社会から未来を奪っている

いま日本社会を覆っている空気を一言で表すなら、「逃げ切り」である。
それは犯罪でも、露骨な利己主義でもない。むしろ多くの場合、「制度上は正しい」「法律上は問題ない」「自分の責任は果たしている」という顔をして、堂々と行われている。

高い年金と手厚い医療を当然の権利として享受し、次の世代の負担には目を向けない高齢者。国債を刷り、構造改革を先送りしながら、選挙での支持だけを最優先する政治。技術革新やAIによって環境が激変しているにもかかわらず、自ら変わろうとせず「今の顧客」「今の肩書き」で残りの人生をやり過ごそうとする会社員や営業マン。そして、半生を住宅ローンに捧げ、「死ねば免責されるから問題ない」と思考停止するサラリーマン家庭。

共通しているのは、「自分の人生を終えるまで逃げ切れればいい」という発想だ。
そこには、次の世代に何を遺すのか、自分が社会の中でどんな役割を果たすのかという視点が欠落している。

逃げ切りは一見、合理的に見える。しかし、社会全体でそれが常態化したとき、そこに残るのは“自立も成長も止まった社会”である。

  • 高い年金と医療を当然視する「消費者化した高齢者」
  • 国債と票稼ぎに依存する政治の「時間泥棒」
  • AI時代でも変わろうとしない会社員・営業マン
  • 住宅ローンという「思考停止の人生設計」
  • 「次に何を遺すか」を考えない社会の末路

高い年金と医療を当然視する「消費者化した高齢者」

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団塊世代を中心とする高齢層の多くは、戦後の高度成長と制度拡張の最大の受益者である。
年金制度は人口増加と経済成長を前提に設計され、医療は世界でも例を見ないほど手厚く、自己負担は抑えられてきた。

問題は、それを「歴史的な幸運」としてではなく、「当然の権利」と認識している点にある。
病院に頻繁に通い、医療費が増大しても「払ってきたのだから当然だ」と言う。その裏で、現役世代の保険料は上がり続け、制度の持続可能性は明らかに崩れつつある。

にもかかわらず、「自分たちが生きている間さえ大丈夫ならいい」という発想が支配している。
これは単なる世代間対立ではない。社会保障を“自分の取り分を最大化する消費財”として扱う姿勢そのものが、社会の倫理を腐食させている。

国債と票稼ぎに依存する政治の「時間泥棒」

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歴代政権が繰り返してきたのは、問題解決ではなく時間稼ぎである。
少子高齢化、財政赤字、労働生産性の低下――どれも解決には痛みを伴う。しかし、痛みを伴う改革は票を失う。

結果、国債を刷り、将来世代にツケを回しながら「今」をやり過ごす政策が続く。
政治家自身もまた、「自分の任期中に問題が顕在化しなければいい」という逃げ切り思考に支配されている。

本来、政治とは世代を超えた意思決定であるべきだ。
しかし現実には、「今の有権者」に最適化された短期的意思決定の連続となり、未来は常に後回しにされている。

AI時代でも変わろうとしない会社員・営業マン

変われない会社と変えられない人たち|Laughing Literati

技術革新、コンプライアンス強化、AIの進化によって、人間に求められる役割は急速に変化している。
それにもかかわらず、多くの会社員や営業マンは「今の仕事」「今の顧客」「今の資格」にしがみつく。

証券マン、保険屋、FPといった職種ほど、この傾向は顕著だ。
本来は付加価値を生み続けなければ生き残れないにもかかわらず、「昔からの顧客で食べていける」「定年まで逃げ切れる」という幻想に安住する。

努力をやめ、変革を拒み、「自分は被害者だ」と環境のせいにする。
だが、環境が変わること自体は不可逆だ。逃げ切りを選んだ瞬間、成長は止まり、その人間は“過去の存在”になる。

住宅ローンという「思考停止の人生設計」

ホームズ】住宅ローン減税(控除)はどこに相談できる? 基本的な仕組みと条件も併せて解説 | 住まいのお役立ち情報

日本のサラリーマン家庭において、住宅ローンは一種の宗教になっている。
35年ローンを組み、生きている限り借金を払い続け、死んだら団信で帳消しになる。それを「安心」と呼ぶ。

しかし冷静に考えれば、それは人生の大半を“固定費の支払い”に捧げる構造だ。
キャリアの選択肢は狭まり、リスクは取れず、自由度は極端に低下する。

それでも多くの人が疑問を持たないのは、「みんなやっているから」「逃げ切れるから」だ。
だがそこには、次の世代に何を残すのか、自分はどんな価値を生み出したのかという問いが存在しない。

「次に何を遺すか」を考えない社会の末路

判断できる人間の末路|現代社会の搾りかす

逃げ切り思考が蔓延した社会では、自立も成長も美徳ではなくなる。
重要なのは、「責任を取らずに済むか」「最後まで逃げられるか」だけだ。

だが、社会はリレーである。
誰かが走るのをやめれば、次の走者は確実に不利になる。にもかかわらず、日本社会ではその自覚が驚くほど希薄だ。

成長をやめた個人、変革を放棄した組織、未来を先送りする政治。
それらが重なったとき、残るのは“衰退を受け入れる社会”である。

ツケだけ残し続ける政治には呆れています。

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まとめ

「逃げ切り」は一人ひとりの人生戦略としては、理解できなくもない。
しかし、それが社会全体の標準になった瞬間、未来は確実に失われる。

自立し、成長し、次に何を遺すのかを考える――
それは理想論でも、綺麗事でもない。社会が存続するための最低条件だ。

逃げ切りを選ぶか、責任を引き受けるか。
その選択の積み重ねが、これからの日本を決めていく。

著者プロフィール

K2編集部
K2編集部
投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。

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