海外を舞台にした金融詐欺は、時代とともに巧妙化している。いまや「トラスト(信託)」「プライベートバンク」といった言葉が、かつての「年利保証」「必ず儲かる」に代わる新たな誘い文句となった。その象徴とも言えるのが、今回日本の金融庁・証券取引等監視委員会(SESC)が問題視した スターリングハウストラスト(Sterling House Trust) である。
表向きは「国際的資産保護」「富裕層向け信託管理」「多地域プラットフォーム」として、ロンドンやオークランドを拠点に掲げていたが、その裏では日本国内の無登録業者を介し、約8,000人を超える投資家から800億円以上を集めていた。高利回りをうたい、元本保証をほのめかす典型的な構造。ここでは、同社の実態と問題点、そして今後の投資家が取るべき行動について整理する。
- 【1. 企業の表向きの姿:国際トラストを装ったブランド構築】
- 【2. SESCが発見した実態:無登録勧誘と巨額資金の流入】
- 【3. リスク構造の分析:国際信託を利用した「見せかけの安心」】
- 【4. 投資家心理の落とし穴:高利回りと“安心”の共存錯覚】
- 【5. 今後の教訓と投資家が取るべき対応】
【1. 企業の表向きの姿:国際トラストを装ったブランド構築】
スターリングハウストラストの公式サイトは、一見すれば洗練され、まるでグローバルプライベートバンクのような印象を与える。「国際的資産保護」「機関投資家クラスの代替資産へのアクセス」「マルチ・ジュリスディクションでの柔軟な信託構造」などの言葉が並び、富裕層やグローバル投資家に向けた安心感を演出していた。
しかし、具体的な運用対象やファンド構造、監査報告、信託契約の詳細はほとんど開示されず、あくまで「理念」「仕組みの枠組み」としてしか説明されていなかった。ウェブ上の資料でも、ニュージーランドや英国に拠点を持つとされるものの、登録番号や監督当局の正式認可に関する明示は乏しい。
つまり、「国際的な信頼性」を借りて投資家心理を安心させる構造的演出 が中心で、実体的な保証や監督下での運用とは異なる世界にあったと言える。
【2. SESCが発見した実態:無登録勧誘と巨額資金の流入】

2024年6月、SESCは日本国内でスターリングハウストラストを実質的に紹介・勧誘していた「Global Investment Lab(GIL)」およびその関係者を、金融商品取引法違反(無登録営業) の疑いで東京地裁に提訴・禁止申立てを行った。
同委員会の発表によれば、2015年3月から2024年5月にかけて、GILは全国の個人投資家1万9,900人から合計約806億円もの資金を集めたとされる。募集時には「Series 7 Greenback Program」などの名称で、毎月1%、年12%の固定配当 をうたい、さらに「元本保証」「解約は可能だが手数料がかかる」と説明していたという。
だが実際には、同社もその関係者も日本国内での金融商品取引業登録を一切行っておらず、法的には完全な無許可営業。さらに資金の流れや実際の投資先は不明瞭で、配当が新規出資金から支払われていた可能性も指摘されている。これは典型的なポンジ・スキーム型構造の疑念を招く内容だ。
【3. リスク構造の分析:国際信託を利用した「見せかけの安心」】

スターリングハウストラストが投資家を惹きつけた最大の要因は、「トラスト(信託)」という制度を巧みに利用していた点にある。信託という言葉には「法律に守られた安全性」「資産分離による保護」といったイメージがあり、それが心理的ハードルを下げた。
しかし実際には、信託の名を借りただけの「ファンド様契約」であり、運用主体・受託者・監査機関のいずれも実態が不明確。名目上の信託スキームで投資家を安心させつつ、資金の流れは複雑なオフショア経路を通じて管理されていた可能性がある。
また、海外法人を用いることで日本の金融庁による直接的監督を回避し、「外国商品」として勧誘する抜け道を作っていた点も問題視される。
つまり「トラスト」というラベルをつけた海外スキームが、日本法の盲点を突いた半グレー構造として機能していたということだ。
【4. 投資家心理の落とし穴:高利回りと“安心”の共存錯覚】

投資詐欺に共通する心理トリガーは、「高利回り」と「安心感」の同時提示である。
スターリングハウストラストの場合、12%という異常なリターンに加え、「海外信託」「プライベートファンド」「元本保証」という三拍子が揃っていた。これにより、金融リテラシーの高い層ですら「正規の海外信託なら安全だろう」と錯覚しやすい構造になっていた。
また、契約初期の段階で配当が定期的に支払われることで「実際に運用されている」との信頼を獲得し、その後はリファラル(紹介制度)による再投資や知人勧誘が進んだ。こうして口コミと安心感の連鎖によって、被害規模は全国に広がったと見られる。
この点は、過去の「テキシアジャパン」「オズプロジェクト」「スカイプレミアム」といった案件と類似しており、高利回り+海外信託の組み合わせこそが最も危険な構図であることを再認識すべきである。
【5. 今後の教訓と投資家が取るべき対応】

この事件が示す教訓は明確だ。いかに“海外”“信託”“トラスト”といった言葉で飾られていても、日本国内での登録確認が第一条件 である。登録がなければ、いかなる契約も投資者保護の枠外となり、損害が生じても行政救済は望めない。
また、利回りが10%を超えるようなスキームには必ず「リスク・不透明性・流動性制約」のいずれかが潜んでいる。もし「リスクはない」と言われた時点で、逆に危険信号と捉えるべきだ。
そして、富裕層・経営者層こそが狙われる傾向がある。社会的信用を持ち、まとまった資金を動かせる人ほど「自分は騙されない」という過信を抱く。そこを突くのが、こうした国際的投資詐欺の常套手段である。
今後、海外資産分散や信託活用を検討する際は、実在の監督当局登録・監査報告書・信託契約の受益者権の確認 を徹底することが不可欠だ。さらに、契約前に必ず第三者専門家(弁護士・公認会計士・IFA)を通じたレビューを行うべきである。
私もFPに勧められたことがあります。
色々な投資話はあるので、セカンドオピニオンとして相談してください。
弊社では国内、海外問わず、クライアントの資産状況やお考えに沿ったアドバイスを無料でしています。アドバイスをご希望でしたら、下記のヒアリングシートに現在の状況やお考えを入力してください。
※投資ヒアリングシートはこちら(無料)
【結論】
スターリングハウストラスト事件は、国際金融を装った“合法風詐欺”の典型例である。信託・海外・高利回り・元本保証——この4つのキーワードがそろったとき、それは投資ではなく「信頼の操作」である。
日本の金融当局が動いたことは投資家保護の一歩だが、失われた資金の回収は容易ではない。いま求められるのは、「仕組みを理解できないものには投資しない」という原点への回帰である。
投資の世界における“信頼”とは、言葉ではなく構造で裏づけられるべきものだ。スターリングハウストラストは、その信頼の名を借りて投資家の心理を突いた。だが同時に、この事件は次世代の投資家に「真のリスク管理とは何か」を問い直す強烈な警鐘となった。
著者プロフィール

-
投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。
最近の投稿
コラム2025年12月12日英国王室は本当に世界最大の地主なのか ― 誤解の構造と土地制度の真実
コラム2025年12月10日居住地が生む“リテラシー格差”──年収・資産だけでは測れない思考の違い
コラム2025年12月10日プルデンシャル生命に見る営業モデルの功罪 ― 自社製品中心・MDRT偏重・高コミッション構造の問題点
コラム2025年12月9日ワンルームマンション投資に群がる大衆 ― 「不労所得」の幻と安心の自己暗示
この投稿へのトラックバック: https://media.k2-assurance.com/archives/34981/trackback





















