総論:なぜ“英国王室が世界最大の地主”という神話が生まれるのか
世界の土地所有を語るとき、しばしば「英国王室は地球最大の地主」「植民地を含めれば京を超える」という極端なイメージが語られる。しかし、これは歴史的制度と言語構造が生んだ典型的な誤解である。“Crown Land”という言葉が王室の私有地ではなく国家資産を指すにもかかわらず、表現上「王=所有者」のように見えてしまうからである。実際の英国王室の私的資産は数千億〜数兆円程度であり、地球規模の土地を所有する主体には遠く及ばない。
現実には、宗教組織、環境基金、部族国家、湾岸王族、財団、巨大企業が、国家レベルの土地を所有・管理している。本稿では、こうした“実際に所有権や管理権を持つ”主体をランキング化し、世界の権力と土地の関係を可視化していく。
- 用語の整理:所有・管理・主権の違い
- 世界の「本当の大地主」トップ10(面積基準)
- “英国王室がランク外”になる根本的理由
- 土地の価値ベースで見る“別の意味での最大地主”
- まとめ:世界の土地支配は、英国王室ではなく多様な主体が握っている
用語の整理:所有・管理・主権の違い

土地のランキングを語る前に、三つの概念を明確に区別する必要がある。
● 所有(Ownership)
法律上の所有者であり、売却・譲渡の権利を持つ主体。
● 管理(Management)
所有していなくても、公的委託・歴史的制度により巨大土地を事実上コントロールする場合。
● 主権(Sovereignty)
国家が領土支配する権利であり、これは個人資産ではない。
英国王室が誤解されるのは、“Crown=王室”と誤読され、
Crown Land(国家資産)=王室資産
と見なしてしまうためである。
これを踏まえたうえで、世界最大の地主ランキングを見ていく。
世界の「本当の大地主」トップ10(面積基準)

ここでは “個人・宗教・財団・王族・共同体” といった“国家以外”の実質地主を対象とする。
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**第1位:カトリック教会(Catholic Church)
推定所有面積:7億〜10億エーカー(約280〜400万 km²)**
世界最大の宗教組織であり、地球上で最も広い土地を持つ“非国家主体”。
教会、修道院、学校、大学、病院、墓地など、全世界で数十〜数百万単位の施設を保有する。
国を超え、制度を超え、2000年という時間と信仰が積み重ねた“最大の地主帝国”。
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**第2位:インドのワクフ財団(Waqf)
推定:6億エーカー(約240万 km²)**
イスラム法に基づく宗教財団。
インド国内のモスク、宗教学校、墓地、農地、商用不動産などを包括的に管理する。
国家規模の広さを持つにもかかわらず、その実態は一般に知られていない。
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**第3位:環境保全系財団(例:G.フォレスト財団、中国)
推定:2億〜3億エーカー(約80〜120万 km²)**
“所有”と“管理”が混在する特殊なケース。
中国の退耕還林政策に関連する森林地帯を、私設財団が実質管理するため、
面積では世界最大級の民間主体とみなされる。
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**第4位:アメリカ先住民部族(Navajo Nation ほか)
推定:1億〜1.5億エーカー(40〜60万 km²)**
部族共同体が法人格として土地を保持するという世界でも珍しい構造を持つ。
ナバホ・ネーションだけで日本の本州を上回る広さ。
部族法による自治領域であり、実質的には国家級の規模。
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**第5位:サウジアラビア王室(House of Saud)
推定:5,000万〜8,000万エーカー(20〜32万km²)**
湾岸諸国は“国家=王族”という構造が強く、
事実上の土地支配は王族に集中する。
資産価値ベースでは世界最大級の王家。
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**第6位:カタール王室(Al-Thani 家)
推定:1,500万〜2,000万エーカー(6〜8万 km²)**
国内土地の実質的支配に加え、
ロンドン中心部や欧州主要都市への巨額不動産投資で価値ベースでも上位。
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**第7位:モルモン教会(LDS Church)
推定:100万〜150万エーカー(約4,000〜6,000 km²)**
アメリカ西部・中南米に巨大な農地・教育施設・宗教施設を保有する。
資産価値ベースでも数十兆円規模に達する宗教勢力。
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**第8位:テッド・ターナー(CNN創業者)
推定:200万エーカー(8,000 km²)**
“個人の地主”として世界最大。
アメリカ全土に牧場・農地を持ち、野生動物保護区も整備。
純粋なプライベート地主としては世界トップ。
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**第9位:カナダ・ハドソン湾会社(歴史資産)
最盛期:1.5億エーカー以上(60万 km²)**
歴史的には世界最大級の企業地主で、
カナダ東部〜中部の巨大領域を所有していた。
現在は土地の大半を返還しておりランキング外だが、
歴史的影響力は圧倒的である。
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**第10位:英国の伝統貴族(デューク・オブ・ビューフォート等)
推定:10万〜15万エーカー(400〜600 km²)**
英国伝統貴族は封建制度の名残で広大な土地を保持している。
ビューフォート公、アーガイル公、ウェストミンスター公など、
個人としては世界最大級の地主集団。
“英国王室がランク外”になる根本的理由

このランキングに英国王室が登場しない理由は明白である。
理由1:Crown Land は国家資産であり、王室の私有地ではない
• カナダ89%、オーストラリア92%、NZの大半は Crown Land
• しかし全て“その国の国有地”であり、王族の財産ではない
理由2:王室は名義人であって所有者ではない
• 売却権なし
• 資産価値の計上も不可
• 国王は“国家の象徴としての名義人”
理由3:王室が実際に所有するのは数千億〜数兆円規模に過ぎない
• Dukes より狭い場合すらある
• “京”とは程遠い
この誤解を解くと、国家級の土地を動かす実際の主体が見えてくる。
土地の価値ベースで見る“別の意味での最大地主”

面積ではなく価値ベースで評価するとランキングはまた変わる。
● グロブナー家(英国)
ロンドン中心部の一等地を支配。
価値ベースでは世界最大級の地主。
● カタール投資庁(QIA)
欧米主要都市の高額不動産を大量保有。
“価値ベース”では世界上位。
● 香港・シンガポール財閥
地価が高いため、面積以上の資産価値を持つ。
土地の価値は “面積 × 立地 × 収益性” によって大きく変わるため、
地主ランキングは軸によって姿を変える。
ただ広いだけではなく価値を含めると結構変わるんですね。
投資全般にも言えますが、収益性を考えるうえでは面積だけでなく、立地が重要になります。
まとめ:世界の土地支配は、英国王室ではなく多様な主体が握っている
本稿で明らかになったのは以下の5点である。
1. 英国王室の“京”規模地主説は誤解であり、Crown Land は国家資産である。
2. 世界最大の地主は宗教組織・財団・部族共同体・湾岸王族である。
3. トップ10を見ると、国家と宗教の歴史的影響力が土地控制を形成してきたことが分かる。
4. 価値ベースでは、英国貴族・カタール王室などが世界最大級の地主となる。
5. 土地の力とは、領土の広さだけでなく、制度・宗教・歴史・地価が複雑に絡み合う構造である。
英国王室よりもはるかに巨大な土地所有主体が世界には存在し、
それらを理解することは、富と権力の構造を読む最も根源的な手掛かりとなる。
著者プロフィール

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投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。
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