オフショアファンド、とりわけケイマン諸島やバミューダ、ルクセンブルクなどのオルタナティブ投資ビークルでは、ここ数年「サスペンド(償還停止)」や「再評価待ち(NAV hold)」が相次いでいる。流動性が失われ、分配や償還が止まり、数年経っても報告が年1回という例も珍しくない。
驚くのは、その多くが金融庁登録の正規販売チャネルを通じて提供され、SPC構造で分別管理され、監査法人による年次監査を受けていたという点だ。投資家は当然「法的に守られた安全な枠組み」と信じていた。にもかかわらず、不正、横領、運用破綻が相次いだ背景には、制度そのものの限界と、監査制度の構造的無力さがある。
- 「監査済み=安全」の幻想
- 分別管理の錯覚とSPCの脆弱性
- サスペンド後の「監査と清算」の鈍重さ
- 金融庁認可の「抜け穴」と責任の所在
- 流動化の名の下に続く「コスト化の罠」
「監査済み=安全」の幻想

監査法人は、運用会社やファンドの「財務諸表が形式的に整っているか」を確認するだけであり、実際の資産の存在や価値を保証するものではない。
特にオルタナティブファンドでは、未上場証券、プライベートローン、デリバティブ、再保険債権など評価が難しい非流動資産が多く、運用者が提示する時価評価をそのまま「前提」として監査を行うケースがほとんどだ。
したがって、実際に「架空債権」や「内部相対取引」による資産膨張があっても、帳簿上は問題が見えない。エンロン事件以降も監査基準は厳格化されたが、投資ファンド監査では依然として“形式重視”の文化が残る。監査は真実性より「手続きの整合性」を確認する業務であり、倫理的チェック機能としては限界がある。
分別管理の錯覚とSPCの脆弱性

「SPC(特別目的会社)を通じた分別管理」が投資家保護の要とされるが、実際は法的には独立していても、実務上は運用会社の支配下にあるケースが多い。
ケイマンやバミューダのSPCは、登録ディレクターや管理会社が形式的に置かれているだけで、実際の取引指示、資金移動は運用者や関係会社の内部システムを通じて行われる。
つまり、「箱」は分かれていても、鍵を持つのは同じ人物や関連会社。運用者が不正を働けば、資金の流出や関連会社への貸付が行われても外部からは把握できない。
さらに、トラスティ(信託管理者)やカストディアン(保管銀行)も「指示ベース」で動くため、書面上問題がなければ資金を動かしてしまう。分別管理は“制度上の建前”に過ぎず、実効的な防御にはならないのが実態だ。
サスペンド後の「監査と清算」の鈍重さ

一度サスペンドになると、そこから先は監査法人・清算人主導の時間のかかるプロセスに入る。
監査法人は「過去の帳簿の再検証」、清算人は「債権回収と配分」を担当するが、どちらも極めて慎重で、年単位で進まない。なぜなら、彼らの第一の関心は投資家の損失回復ではなく、自らの責任回避だからだ。
例えば、JPL(暫定清算人)は全書類、過去取引、資産保全の法的根拠を逐一確認し、各国の裁判所承認を得なければ資金移動できない。
また、監査法人は進捗報告を「年次報告」にまとめるため、投資家は年に一度しか事実を知らされない。
この間にも、法務・会計コストは膨れ上がり、残余資産があっても報酬で削られていく。結果、回収が進まないまま資産が食い潰されていく構図が生まれる。
金融庁認可の「抜け穴」と責任の所在

日本で販売されたファンドの多くは、「登録業者による適法勧誘」であり、金融庁届出済みの私募投資商品(63条届出など)として扱われる。
しかし、その監督範囲は“日本国内の販売行為”までであり、実際の運用や資産管理は海外。したがって、海外の運用会社やトラスティが不正を働いても、金融庁は関与できない。
販売業者も「海外ファンドの破綻リスクを説明済み」として責任を免れ、監査法人も「法令に従い監査を行った」として免責される。
結果として、誰も実質的な責任を負わない構造が温存されてきた。
投資家から見れば「金融庁登録」「監査済み」「分別管理」という三重の安全装置があるように見えても、いざ問題が起これば、どの装置も“信頼の演出”でしかなかったことに気づく。
流動化の名の下に続く「コスト化の罠」

サスペンド後、残存資産を再構築・流動化する過程では、新たな監査法人、弁護士、会計事務所が次々と関与し、追加コストが雪だるま式に増える。
特に、再評価を行うバリュエーション・エージェント、債権回収を行うアドバイザー、裁判費用などが加算される。
進捗が遅いほど関係者の報酬は積み上がり、投資家の取り分は減少していく。
つまり、流動化プロセスそのものが「新たなビジネス」として機能しており、関係者の間に「迅速解決のインセンティブ」がない。
本来、監査法人や清算人は投資家の利益のために存在するが、実務上は「事務的な処理機関」と化し、報告を年1回出すだけで巨額の報酬を得る構造が固定化している。
こうした制度疲労が、現在のオフショア・オルタナティブ投資の最大の問題点だと言える。
監査や認可が取れていてもこのようなサスペンドは防げないんですね。
変なところで手数料を取らずに真っ当にビジネスをして欲しいですね。
まとめ
本来、オフショアファンドは国際的な資本の柔軟運用を可能にする仕組みであり、制度自体が悪ではない。しかし現状では、「分別管理」「監査」「清算」の名を借りた形式的プロセスが、実質的な投資家保護を果たしていない。
制度疲労を超えて真に信頼できる枠組みを再構築するには、
• 監査法人に「実質的資産確認義務」を課す
• SPCのディレクター責任を強化し、運用者から独立させる
• JPL・清算人の報酬体系を成果報酬型に改める
• 投資家への情報開示を四半期ベースに義務化する
など、構造的な改革が不可欠だ。
いま起きている一連のオフショアファンドの停滞は、単なる不運ではない。
それは、金融の信頼装置が「監査」「分別」「報告」という形式に依存しすぎた結果の必然であり、投資家・監督当局・監査法人すべてがこの虚構の上に安住してきたツケなのである。
著者プロフィール

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投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。
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