人は自由を求める生き物だと語られがちだが、実際には「自由そのもの」よりも、「逸脱しないこと」「浮かないこと」「周囲と同じであること」に強い安心感を覚える傾向がある。
それは教育、労働、消費、祝祭、投資といった人生のあらゆる局面に現れ、結果として多くの人が偏差値50=平均値に収束していく。
お受験では「用意された正解」を選ぶ訓練をし、会社では「みんなが休む日に休む」ことが当然となり、祝祭やイベントは「参加していないと不安になる儀式」へと変質する。
投資においても同様で、平均的なインデックスリターンを選ぶことが、合理性以上に心理的安全性を満たす行為として受け入れられている。
これは個々人の怠慢というよりも、人間という存在が持つ集団適応本能の結果であり、「合理的に見える同調行動」が社会全体を平均化していく構造そのものだと言える。
- 教育は「考える力」ではなく「揃える力」を鍛える装置
- 社会人になると「同じ行動」が無言の正解になる
- 祝祭とSNSは「大衆への帰属確認装置」になった
- 投資におけるインデックス信仰と偏差値50思考
- 大衆に属する安心と、個として生きる不安のトレードオフ
教育は「考える力」ではなく「揃える力」を鍛える装置

お受験や学校教育の本質は、創造性よりも同一基準への適合能力を測ることにある。
決められた問いに、決められた形式で、決められた時間内に答える。そこに評価軸として偏差値が与えられ、平均からどれだけ離れているかが数値化される。
この仕組みが巧妙なのは、「偏差値が高い=優秀」という物語を社会全体で共有している点だ。
しかし実態は、「人が作った一つの答え」にどれだけ忠実であるかを競っているにすぎない。
結果として、多くの人は自分で問いを立てる能力よりも、
「正解が存在する前提で動く能力」を身につけて社会へ出ていくことになる。
社会人になると「同じ行動」が無言の正解になる

会社に勤めれば、休暇の取り方、働き方、評価のされ方まで、暗黙の「標準」が存在する。
夏休みや年末年始に休むのは効率が悪いと分かっていても、「みんなが休むから休む」。
混雑を避ければ合理的なのに、あえて人が集まる時期に同じ場所へ向かう。
これは非合理に見えて、実は極めて人間的だ。
なぜなら「違う選択」をした瞬間に、説明責任と孤立リスクが発生するからだ。
多くの人にとって、
・効率よりも
・合理性よりも
・最適解よりも
**「周囲とズレないこと」**の方がコストが低い。
こうして社会は、静かに平均へと収束していく。
祝祭とSNSは「大衆への帰属確認装置」になった

クリスマス、年末年始、誕生日、記念日。
本来は個人的な意味を持つはずのイベントが、いつの間にか参加証明のような役割を担うようになった。
祝っていないと、
・取り残されている気がする
・何か大切なものを失っている気がする
・社会から外れているように感じる
そしてその不安を打ち消すために、SNSへ投稿する。
「人がたくさんいる場所」「楽しそうな光景」を可視化することで、
自分が大衆の一員であることを再確認する行為だ。
ここでは「楽しいかどうか」よりも、
**「みんなと同じことをしているかどうか」**が重要になっている。
投資におけるインデックス信仰と偏差値50思考

投資の世界でも同じ構造が見られる。
インデックス投資は合理的で、長期的には有効な戦略であることは事実だ。
しかし多くの人がインデックスを選ぶ理由は、
・期待リターン
・理論的優位性
以上に、
**「みんなと同じ結果になる安心感」**にある。
平均的なリターン=失敗しない。
平均的な成績=責められない。
これはまさに、投資における偏差値50を目指す行為だ。
突出もしないが、取り残されもしない。
その状態が、心理的には最も居心地が良い。
大衆に属する安心と、個として生きる不安のトレードオフ

大衆の一員でいることは、決して悪ではない。
そこには
・孤独を避けられる
・責任が分散される
・失敗の痛みが薄まる
という明確なメリットがある。
一方で、
・選択は他人基準になる
・成果は平均に収束する
・人生のハンドルを自分で握れなくなる
という代償も必ず支払うことになる。
多くの人が偏差値50を目指すのは、能力の問題ではなく、
**「不安を避ける合理的選択」**を積み重ねた結果なのだ。
正直みんなと一緒なら安心感はありますね。ただコケた時は全員が大ゴケしてしまいますね。
ある意味そこも分散しておけばいいと思います。平均的な投資先を何割くらいにして、少し攻める投資先など自分の年齢やリスク許容度に合わせて選択しましょう。
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まとめ
人は本能的に「群れ」に属することで安心する生き物だ。
教育、仕事、祝祭、SNS、投資――そのすべてが、大衆への同調を促す設計になっている。
だからこそ、平均的な生き方は最も楽で、最も安全に見える。
しかし同時に、それは
平均的な結果しか得られない生き方でもある。
偏差値50を選ぶか、
不安と引き換えに自分の軸で生きるか。
重要なのは「どちらが正しいか」ではなく、
自分が何を選んでいるのかを自覚しているかどうかだ。
無自覚な同調は、大衆になる。
自覚した選択だけが、個としての人生を形づくる。
著者プロフィール

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投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。
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