なぜ証券マンには金融や相場を理解していない人が多いのか ― 日本証券業界の構造的問題と今後の展望

証券会社と聞くと、多くの人は「金融や経済に精通したプロ集団」というイメージを抱くかもしれない。しかし現実には、顧客と日常的に接する営業担当者、いわゆる「証券マン」の中には、相場の仕組みや経済の基本理論を十分に理解していない人が少なくない。この矛盾は、顧客からすれば「知識のない営業マンに金融商品を勧められているのではないか」という不信感に直結している。

相場の仕組みや経済の基本理論を十分に理解していない「証券マン」は少なくないというのは本当ですか?

本稿では、なぜそのような現象が起こるのかを歴史的背景、教育制度、収益構造、国際比較、そして近年の変化という5つの視点から分析し、日本の証券業界に根強く残る構造的な問題を考察します。

  • ① 戦後日本に根付いた「御用聞き営業」文化
  • ② 教育制度と人事評価の歪み
  • ③ 収益モデルに潜む構造的インセンティブ
  • ④ 欧米との比較に見る専門性の差
  • ⑤ 近年の変化と今後の展望

① 戦後日本に根付いた「御用聞き営業」文化

日本の証券会社の営業スタイルは、戦後復興期からバブル経済期にかけて「御用聞き営業」として発展してきた。これは、地域ごとに担当者が顧客を訪問し、株式や公社債の売買を勧めるというものである。当時は株式市場が長期的に右肩上がりで推移しており、顧客は「買っておけば儲かる」と考えていた。営業担当者に高度な金融理論は必要なく、顧客との人間関係を築き、こまめに訪問することが成果につながったのである。

このような土壌では「専門的知識よりも人脈力」「相場観よりもフットワーク」が重視され、金融のプロフェッショナルというよりは「商品販売員」としての役割が期待された。今日でも地方支店を中心にその文化が色濃く残っており、顧客本位のアドバイザーとしての立場よりも、営業マンとしてのノルマ達成が優先される傾向がある。

② 教育制度と人事評価の歪み

証券会社では入社後に金融商品取引法や各種商品知識に関する研修を受けるが、それはあくまで「販売に必要な最低限の知識」にとどまることが多い。例えばデリバティブ理論やマクロ経済学的な相場分析を深く学ぶ機会は限られており、学んだとしても人事評価に直結しない。

評価の中心はあくまで「販売額」「新規口座開設数」「手数料収入」といった営業成績である。顧客の資産運用に長期的に寄り添う姿勢よりも、短期的な販売成果が重視されるため、営業担当者は知識や分析力を高めるよりも「いかに商品を売るか」に注力するようになる。結果として、顧客から見ると「金融知識に乏しいのに商品を勧めてくる」という印象につながるのである。

③ 収益モデルに潜む構造的インセンティブ

証券会社のビジネスモデルは、伝統的に「取引手数料」や「販売手数料」に依存してきた。つまり顧客が取引をすればするほど、また高い手数料の商品を販売すればするほど、証券会社は儲かる仕組みである。特に仕組債や投資信託、保険商品など、複雑で高コストな商品は証券会社にとって高収益源となる。

この構造は、顧客にとって有利な商品を選ぶよりも「売れる商品」「手数料が高い商品」を勧める方向に営業担当者を導く。しかも営業マン自身も「ノルマ達成」「上司の評価」に直結するため、相場観や経済分析を学ぶインセンティブは低下する。こうした収益構造が、知識よりも販売力を優先させる要因となっている。

④ 欧米との比較に見る専門性の差

欧米の証券会社やプライベートバンクでは、顧客アドバイザーに対して**CFA(米国証券アナリスト資格)やCFP(国際ファイナンシャルプランナー)**といった高度な資格取得を推奨するケースが多い。これらの資格はマクロ経済、投資理論、リスク管理に関する深い知識を求めるため、取得者は一定の専門性を備えていることが保証される。顧客も「知識のある担当者」に相談しているという信頼感を持てる。

一方、日本では資格取得が必須ではなく、CFAやCFPを持つ証券マンは少数派である。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)ですら、営業担当者の世界では必ずしも高い評価につながらない。このギャップが、国際的に見たときに日本の証券営業の専門性を低くしている一因といえる。

⑤ 近年の変化と今後の展望

もっとも、状況は少しずつ変わり始めている。金融庁が2017年以降強調してきた「フィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)」は、証券会社に顧客利益を優先させる意識改革を迫っている。これを受けて、大手証券会社では社員教育の充実を図り、長期的な資産形成に資する商品を提案する動きも増えている。

また、若手の証券マンの中には自主的にCFAや証券アナリスト資格を取得し、真剣に相場研究を行う人材も登場している。加えて、ネット証券や独立系フィナンシャルアドバイザー(IFA)の台頭により、知識や信頼性の乏しい営業は淘汰されやすくなった。将来的には、営業力だけでなく「顧客本位の専門知識を持つアドバイザー」が生き残る構造へとシフトしていく可能性が高い。

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まとめ

  • 証券マンの多くが金融や経済、相場について深く理解していないという現象は、個人の努力不足ではなく、業界全体の歴史や収益構造に根差した構造的な問題である
  • 戦後の御用聞き営業文化、営業成績偏重の評価制度、販売手数料依存の収益モデル、そして国際比較における資格制度の差が、この状況を生み出してきた
  • しかし、顧客本位の原則が広まり、知識を持つアドバイザーへの需要が高まる中で、業界は変革を迫られている
  • 今後は「商品を売る人」ではなく「資産形成を支えるパートナー」としての証券マンが求められるだろう
  • 顧客自身も、担当者の知識や姿勢を見極める眼を養うことが、より健全な証券市場を作るために不可欠である

著者プロフィール

K2編集部
K2編集部
投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。

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