2025年秋、世界最大の資産運用会社ブラックロック(BlackRock)が買収を完了したばかりのHPSインベストメント・パートナーズ(HPS Investment Partners)で、前例のない詐欺事件が発覚した。
フランスの大手銀行BNPパリバと共同で実施された数億ドル規模の融資が、存在しない担保と偽造署名によって組成された虚偽案件であったことが判明したのだ。
この事件では、融資資金がモーリシャスやインドなど複数のオフショア口座に流れ、担保として提示された通信会社の売掛金契約書は電子署名やドメインそのものが偽造されていた。
ブラックロック傘下となったHPSは、この詐欺によって約1.5億ドル(約230億円)の損失を被り、BNPも3億ユーロ超の引当金を計上したと報じられている。
資産運用業界では「プライベートクレジット市場の盲点」が一気に注目を集めた。本件は、巨大化した代替運用モデルに潜む**“透明性欠如という構造的リスク”**を露呈させるものだった。
- プライベートクレジットの拡大とブラックロックの野望
- 架空担保スキームの構造 ― 金融の死角を突く
- ブラックロック統合後に露呈した“遺産リスク”
- 銀行と運用会社の境界が消える構造的欠陥
- 透明性を取り戻すための再設計へ
プライベートクレジットの拡大とブラックロックの野望

金利上昇局面で銀行融資が縮小するなか、ブラックロックは**プライベートクレジット(非公開融資)を次の成長エンジンと位置づけ、HPSを含む複数の専門運用会社を買収してきた。
プライベートクレジット市場は世界で約2兆ドル(300兆円)**に達し、運用会社にとっては高利回り・低相関の魅力的な資産クラスとされる。
しかし同時に、この分野は規制の網が緩く、監査の透明性が低い。銀行の与信審査に代わって、運用会社自身がデューデリジェンスを担うが、その検証能力には大きな差がある。
ブラックロックはHPS買収により、この巨大市場での存在感を一気に拡大させようとしていたが、皮肉にも買収完了直後に“見えない地雷”が爆発した。
この事件は、拡大戦略の裏に潜む**「急成長がもたらす統制の脆弱性」**を象徴している。
架空担保スキームの構造 ― 金融の死角を突く

詐欺の首謀者とされる無名実業家**バンキム・ブラームバット氏(Ban Kim Brahambut)**は、通信業界の国際取引を装い、偽造した請求書とメールドメインを使ってHPSやBNPを欺いた。
「世界的通信企業との契約売掛金を担保」とする巧妙な物語のもと、数億ドルの融資が実行され、資金は瞬時にオフショア経由で消えた。
このスキームの特徴は、契約書・署名・ドメイン・決済すべてが電子的に偽造されていた点である。
AI生成ツールや高度なフィッシング技術を駆使し、あたかも実在企業との取引があるように見せかけた。
いわば「金融版ディープフェイク」であり、伝統的な審査プロセスでは検知不可能に近かった。
HPSは当初、BNP経由で案件を取得し、担保書類の確認を外部プラットフォームに委託していた。つまり、複数の仲介層を経た結果、誰も最終的な担保の実在を直接確認していなかったのである。
ブラックロック統合後に露呈した“遺産リスク”

ブラックロックによるHPS買収は、同社が代替資産分野に本格参入する象徴的な案件だった。
だが、買収完了からわずか数か月後に詐欺案件が発覚したことで、統合プロセスにおける**「監査前ポートフォリオの引き継ぎリスク」**が浮き彫りとなった。
ブラックロックは世界最先端のリスク管理体制を持つが、今回の案件は統合前に組成された融資案件であり、事前監査の範囲外にあったとみられる。
それでも、市場は「ブラックロックブランド=絶対的信頼」という構図にひびが入ったと受け止めた。
この出来事は、金融の巨大化がもたらす**“信頼の錯覚”**を象徴している。
ブランドや規模がリスク管理の代名詞と化した時、内部の一案件が全体の信用を脅かす――それが現在の金融業の脆さである。
銀行と運用会社の境界が消える構造的欠陥

HPSとBNPの関係は、いわば**「銀行×運用会社のハイブリッド融資」だった。
BNPがローンを引き受け、HPSがそのリスクをファンド経由で投資家に転嫁する。この構造は、表面的には分散型だが、実態は責任の希薄化モデル**である。
サブプライムローン時代の証券化スキームと同様、関係者それぞれが「自分の担当部分は適正だった」と言い逃れできる構造になっている。
誰も最終的な債権の実体を検証しないまま、リスクがパッケージ化され、再販売される。
この構造的欠陥こそ、今のプライベートクレジット市場の根底に潜む爆弾であり、**「非公開市場=無監査領域」**という現実が明らかになった。
銀行の規制強化の裏で、リスクは銀行の外に“移転”されただけ――それがこの事件の本質である。
透明性を取り戻すための再設計へ
事件を受け、欧米の金融監督当局では代替資産市場のモニタリング強化が進みつつある。
特に、モーリシャスやケイマン、インドなどオフショア経由の資金流れをどう可視化するかが焦点となっている。
ブラックロック自身も、買収統合後のデューデリジェンス体制を再点検しており、他の大手運用会社(KKR、アポロ、アレスなど)も同様の見直しを迫られている。
保険会社・年金基金といった長期投資家も、**「高利回りの裏に何があるのか」**を再検証する必要がある。
金融市場の透明性を再構築するには、**技術的監査(AI検証)と人的監査(現地確認)**を融合させる仕組みが不可欠だ。
そして何より、投資家自身が「利回りよりも構造の健全性」を重視する姿勢へとシフトしなければ、同様の事件は再び起こる。
リターンがどれくらいになるかという数字しか意識していませんでしたが、どういう仕組や構造でその数字になっているのかを理解することが大事ですね。
それが説明できない人の話は聞く必要がないし、怪しいと思うようにしましょう。
まとめ
- 信頼の帝国・ブラックロックが直面する透明性の試練
- ブラックロック傘下のHPSで起きた詐欺事件は、単なる偶発的な不正ではない。 それは、金融の巨大化と非公開化が生み出した**「見えないリスクの体系化」**という構造的病理の表れである。
- 銀行がリスクを表から外し、運用会社がそれを高利回り商品として再構成し、投資家が“安心ブランド”に依存する――その三重構造の中で、誰も真実を見なくなった。
- ブラックロックはこの事件によって、「規模=信頼」ではないという厳しい現実に直面した。 今後の市場では、ブランドの大きさよりも、情報の透明性・プロセスの検証力が信頼の尺度となるだろう。
- 金融の核心は、リスクを分散することではなく、リスクを理解し、可視化することにある。 ブラックロックの名の下で起きたこの事件は、世界中の投資家にその原則を突きつけた―― 高利回りの背後には、常に「見ようとしないリスク」が潜んでいるという、痛烈な教訓として。
著者プロフィール

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投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。
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