アベノミクスの継承か、脱却か――「サナエノミクス」が示す国家経済の新たな地平

2012年、安倍晋三政権が掲げた「アベノミクス」は、失われた20年を経た日本経済を立て直す壮大な実験だった。
三本の矢――①大胆な金融緩和、②機動的な財政出動、③成長戦略――を掲げ、「デフレからの脱却」「円高是正」「企業収益の回復」を狙った。
この政策は確かに株高・円安をもたらし、企業業績を押し上げた一方で、財政赤字や格差拡大という副作用も抱えた。

それから十数年。2025年、日本が直面する現実はまるで異なる。物価は上昇し、円安は定着し、エネルギー・防衛・テクノロジーを巡る国際環境はかつてなく不安定だ。
この新しい時代の中で登場したのが「サナエノミクス(Sanaenomics)」である。
高市早苗政権が掲げるこの経済構想は、アベノミクスを単に再演するものではなく、 「国家の自立」「経済安全保障」「供給力強化」 を軸に据えた“戦略型経済運営”だ。

すなわち、アベノミクスが「需要喚起による成長」だったのに対し、サナエノミクスは「供給基盤の再構築による国力回復」を目指している。
その差は、経済思想の転換だけでなく、日本という国家の在り方そのものを映し出している。

  • 出発点の違い:デフレの日本から、インフレの日本へ
  • 三本の矢から「戦略三本柱」へ
  • 政策目的の転換:成長から生存へ
  • 成果とリスク:アベノミクスの遺産の上に立つ試練
  • 今後の焦点:賃金・供給・為替の三点均衡

出発点の違い:デフレの日本から、インフレの日本へ

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アベノミクスが始まった2012年、日本経済は長期デフレの泥沼にあった。企業は投資を控え、家計は節約を重ね、物価も賃金も上がらなかった。
安倍政権はこの「縮み志向」を断ち切るために、日銀の大規模金融緩和を打ち出し、円安を誘導して輸出企業を後押しした。

一方、サナエノミクスの舞台はすでにインフレ環境下だ。
資源高、円安、サプライチェーンの分断、地政学的緊張が重なり、物価上昇率は2〜3%台で推移している。
ここで必要とされるのは「物価を上げる」政策ではなく、「物価上昇に耐えられる構造を作る」政策だ。

高市政権が掲げる「サナエノミクス」は、“デフレ脱却”ではなく“インフレ適応”の経済学である。
つまり、アベノミクスの時代とは真逆の課題――供給制約、人的資源不足、エネルギー依存――に対処する構造転換が主題となっている。

三本の矢から「戦略三本柱」へ

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アベノミクスの象徴は、三本の矢であった。
第一の矢は日銀による量的・質的金融緩和、第二の矢は財政出動、第三の矢は成長戦略。
それは「マネーを増やし、需要を刺激し、経済を動かす」という発想に基づいていた。

  1. サナエノミクスもまた“三本柱”を掲げるが、その内容は大きく異なる。
    経済安全保障と国力強化
    防衛・半導体・エネルギー・食料の自給体制を確立し、国家の脆弱性を克服する。
    経済を「安全保障の一環」として捉え、技術と資源の国内回帰を推進。
  2. 積極財政と戦略投資
    「プライマリーバランス黒字化」よりも「国家の純資産増加」を重視。
    防災、インフラ、科学技術、エネルギー転換などへの長期的投資を容認。
  3. 金融・財政の一体運営
    日銀と政府の連携を重視し、金利上昇を抑制しつつ必要な資金を市場に供給。
    「市場任せ」よりも「国家戦略としての金融運営」を志向。

この三本柱は、いわば“アクティブ・ステート”への回帰を意味する。
アベノミクスが市場を信じてマネーの流れを活性化させたのに対し、サナエノミクスは国家が方向性を示し、資金・技術・人材を戦略的に動かそうとしている。

政策目的の転換:成長から生存へ

地政経済と政治 | 世界経済フォーラム

アベノミクスの最大の目的は「成長」だった。
「強い経済で強い日本を取り戻す」とのスローガンのもと、企業収益と株価上昇が国民生活を底上げするという“トリクルダウン”に期待がかけられた。

しかしサナエノミクスは、経済の前に“国家の生存”を置く。
防衛費の増強、エネルギーの自給、災害・パンデミックへの備え――こうした分野が経済政策の中核に組み込まれている。
成長は手段であり、最終目的は「日本が自らの意志で立つための経済力」を確保することにある。

その意味でサナエノミクスは、経済学よりも「地政経済学」に近い。
経済を数字でなく安全保障の文脈で語る点に、従来の経済政策との決定的な違いがある。

成果とリスク:アベノミクスの遺産の上に立つ試練

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アベノミクスが残した最大の遺産は「円安体質」と「財政依存体質」である。
円安によって輸出企業は潤ったが、輸入コストは上昇し、家計は苦しんだ。
金融緩和が続いた結果、政府債務はGDPの2倍を超え、財政余力は薄れた。

サナエノミクスはその上で、さらに拡張的財政を打ち出す。
つまり「遺産の上に新たなリスクを積み上げる」構図になる。
インフレ下での財政拡大は、物価上昇をさらに押し上げ、実質賃金を圧迫する可能性がある。
同時に、金利上昇・国債価格下落・通貨安定性の揺らぎなど、金融システム全体に波及する懸念も無視できない。

他方で、これを「将来への投資」と見る向きもある。
もし国家的な供給力強化――半導体、エネルギー、AI産業、インフラ整備――が成功すれば、
中長期的に日本の生産性と競争力を底上げする可能性も秘めている。

要するに、サナエノミクスは「ハイリスク・ハイリターン」の国家戦略なのだ。

今後の焦点:賃金・供給・為替の三点均衡

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今後の成否を決める鍵は三つある。

  1. 賃金上昇の実現
    名目賃金ではなく、物価上昇を上回る「実質賃金」の増加が不可欠。
    労働移動の促進、人材育成、企業の内部留保活用などが試される。
  2. 供給力強化
    人手不足・エネルギー制約・技術空洞化に対処するための生産構造転換。
    国内投資とイノベーション創出が持続的に行われるかが焦点。
  3. 為替と金利の安定
    財政拡張と金融緩和を両立させるには市場との信頼関係が不可欠。
    金利上昇を抑えつつ円安を制御する“バランス運営”の難易度は高い。

これら三点がうまく均衡すれば、サナエノミクスは「日本版産業ルネサンス」として機能し得る。
しかしどれか一つでも崩れれば、スタグフレーション(物価高+賃金停滞)の罠に陥る危険がある。

初の女性首相ですし、いい方向に向かってほしいですね。

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まとめ

  • アベノミクスが「貨幣の力で経済を動かす実験」だったとすれば、サナエノミクスは「国家の力で未来を築く挑戦」である。
  • 両者は連続していながら、方向性は正反対にある。
  • アベノミクスは市場と企業を信じ、サナエノミクスは国家と戦略を信じる。
  • アベノミクスが“デフレ克服”の物語なら、サナエノミクスは“自立と安全保障”の物語である。
  • この政策が日本経済をどこへ導くかは、単に数字の問題ではなく、「日本という国がどんな未来像を選ぶか」という文明選択の問題である。
  • 成長か、安定か、自立か。サナエノミクスはその問いの中心に立っている。

著者プロフィール

K2編集部
K2編集部
投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。

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