かつては大手企業の営業部やコンサル会社でそれなりの実績を上げ、周囲から「有能なビジネスパーソン」と見られていた人間が、独立した途端、怪しい投資話や資産運用ビジネスを始める──。
この構図は決して珍しくない。むしろ現代の日本社会においては、「会社員として成功した人間ほど、独立後に危うい道へと踏み外しやすい」という逆説が静かに進行している。
なぜか。そこには、心理的報酬の喪失、社会的承認欲求、自己効力感の空洞化、そして“成功の物語”への依存という、複雑で人間的なメカニズムがある。以下、その典型的な5つのプロセスを辿ってみよう。
- 「安定の枠組み」を失った瞬間、誇りと自信が崩れる
- 承認欲求の暴走と「SNS資本主義」への適応
- 「正しい努力」から「速い成果」へ──成功哲学の変質
- 「信頼」を使ったマネタイズ──詐欺の構造的必然
- “自由”という幻想と、孤立の果てに生まれる虚構
「安定の枠組み」を失った瞬間、誇りと自信が崩れる

会社員という身分は、安定した収入や社会的信用だけでなく、“自分の存在意義”を保証してくれる装置でもある。
組織内での肩書き、役職、チーム、報告先――それらがあることで、人は「自分には役割がある」と感じられる。
だが、独立とはこの枠組みをすべて手放すことを意味する。
独立直後、多くの元・会社員が最初に直面するのは、「何者でもない自分」への耐えがたい不安だ。
かつて「〇〇株式会社の部長」と名乗れば誰もが耳を傾けた。しかし肩書きを外した瞬間、誰も相手にしてくれない。
その沈黙が、予想以上に心をえぐる。
この時、多くの人が「自分を再び“すごい人間”として見せるための物語」を作ろうとする。
それが「成功者のストーリー」や「投資で稼いだ自由人」などの自己演出につながる最初の一歩だ。
承認欲求の暴走と「SNS資本主義」への適応

会社では評価制度や上司の承認があった。しかし独立後には、誰も褒めてくれない。
その代わりに、人々はSNSという新しい舞台で「他人からのいいね」や「フォロワー数」という報酬を求める。
ここで危険なのは、数字で可視化された承認が、会社員時代の評価に似ているという点だ。
もともと組織の中で他者評価を軸に自己を形成してきたタイプほど、SNSの「評価経済」にすぐ馴染む。
フォロワーが増えるたびに自己肯定感が上がり、減るたびに不安が募る。
やがて彼らは「他人から羨まれる成功者」として自分を見せることに異常なエネルギーを注ぐようになる。
そこに登場するのが、高級車・高級時計・海外移住・投資収益といった“分かりやすい成功の演出”だ。
この演出が、ビジネスモデルを支える「信頼」と「憧れ」を生み、やがて周囲を巻き込む虚構の舞台装置となる。
「正しい努力」から「速い成果」へ──成功哲学の変質

会社員時代の彼らは、多くが“正しい努力”を信じていた。
だが独立後、その努力がすぐに成果に結びつかない現実に直面する。
営業をしても契約が取れない。人脈を頼っても反応が鈍い。貯金が減り、不安が募る。
そのとき彼らの前に現れるのが、「最短で結果を出す」「自動で収益が上がる」「年収1億円プレイヤーになる」という“成功ノウハウ”の世界だ。
この世界では「努力」は軽んじられ、「ノウハウ」「再現性」「レバレッジ」といった言葉が神格化される。
彼らはそれを信じ、同じようなセミナーやオンラインサロンで、かつての仲間たちを“勧誘する側”に回る。
つまり、成果を得られない焦りが、「結果を出しているフリ」へと転化する。
この瞬間から、彼らの言葉は事実ではなく「物語」を売るものへと変わっていく。
「信頼」を使ったマネタイズ──詐欺の構造的必然

独立直後の元会社員には、かつての人脈が残っている。
元同僚、顧客、後輩、取引先。彼らは「〇〇さんなら信用できる」と思っている。
そこに「今すごくいい投資案件がある」「自分もやっているから安心だ」という誘いが来れば、疑う人は少ない。
この“過去の信用を換金する”行為こそが、典型的な投資詐欺師の第一歩だ。
本人に明確な悪意がなくても、リターンを保証してしまったり、実体を十分に確認せず他人の資金を集めたりするうちに、
結果的に法的にも詐欺の構成要件を満たしてしまうケースが多い。
特に「紹介ビジネス」「アフィリエイト」「代理店モデル」といった形式をとることで、
自らは直接資金を預からずとも、実質的に“加担者”になる構造ができている。
つまり詐欺は、最初から悪人が仕掛けるとは限らない。
社会的承認を渇望する「元・優秀な人間」が、無意識に演じてしまう自己物語の延長線上にあるのだ。
“自由”という幻想と、孤立の果てに生まれる虚構

「会社に縛られず自由に生きたい」という動機で独立した人は多い。
だが実際に自由を得るということは、同時に孤独と責任を引き受けることでもある。
組織の後ろ盾も、安定した収入も、社会的肩書きもない世界で、
「自分の言葉と実績」だけで信頼を築くのは、想像以上に過酷だ。
その現実に耐えられない人ほど、**「自由に稼ぐ成功者のイメージ」**を演じるようになる。
そこには、自らの不安を覆い隠すための心理的防衛がある。
彼らがSNSで「最高の仲間と最高のビジネスをやってます」と叫ぶたびに、
内心では「本当の自分は何も持っていない」という空虚が膨らんでいく。
この自己矛盾が限界に達したとき、彼らは“虚構の収益”や“偽りの成功”を提示してでも、
他人に羨まれ、信じられ、承認される道を選ぶ。
もはや金銭的利益よりも、「自分を信じてもらうこと」そのものが報酬になる。
そうして、いつの間にか完全な詐欺スキームの中に飲み込まれていく。
知り合いと話すとこの手の詐欺で騙されたという話をよく聞きますね。
人からの紹介だけでなく、SNSでも投資詐欺が横行しているので、注意をしてください。怪しいと思ったらご相談ください。
直接相談はこちら(無料)
まとめ
- 人を責めるより、構造を理解することから
- 元会社員が独立後に投資詐欺師になる背景には、単なる悪意や貪欲さではなく、「承認」「不安」「成功神話」などの社会的構造が潜んでいる。
- 日本社会ではいまだに「大企業に勤めること」が成功の象徴とされる一方で、そこから抜け出した人間に対しては、“無所属=無価値”という空気が根強い。
- このギャップが、彼らをして「新しい成功の物語」を必死に作らせ、SNSがその物語を拡散し、投資ビジネスという形で他人を巻き込んでいく。
- つまり、投資詐欺とは「金のための犯罪」である前に、自己承認を渇望する社会の鏡像なのだ。
- 詐欺を防ぐには、個人のモラルを責めるよりも、「孤立した元・成功者」が虚構に逃げなくても生きていける社会構造を整えることが必要だ。
- 誠実な起業支援、再教育、メンタルサポート、そして“見せかけの成功”より“地味な継続”を評価する文化。
- そうした仕組みが整えば、「元・会社員=潜在的詐欺師」という不幸な連鎖は断ち切れるだろう。
著者プロフィール

-
投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。
最近の投稿
コラム2025年12月12日英国王室は本当に世界最大の地主なのか ― 誤解の構造と土地制度の真実
コラム2025年12月10日居住地が生む“リテラシー格差”──年収・資産だけでは測れない思考の違い
コラム2025年12月10日プルデンシャル生命に見る営業モデルの功罪 ― 自社製品中心・MDRT偏重・高コミッション構造の問題点
コラム2025年12月9日ワンルームマンション投資に群がる大衆 ― 「不労所得」の幻と安心の自己暗示
この投稿へのトラックバック: https://media.k2-assurance.com/archives/34383/trackback





















