日本の国債残高とMM理論 ― 財政議論に潜む誤用の危うさ

日本の政府債務残高は2025年現在、GDP比で260%を超える水準に達し、主要先進国の中でも突出している。その中で一部の論者は、「モディリアーニ=ミラー定理(MM理論)」を援用して「国債の残高は本質的に問題ではない」と主張する。企業財務において「資本構成の違いは企業価値に影響しない」とするMM理論を、国家財政にそのまま当てはめようとする議論である。しかし、ここには重大な誤解がある。MM理論は「完全市場」「税の不存在」「破綻コストの無視」といった非現実的な前提条件に立脚しており、それを国の財政に当てはめることは極めて危うい。本稿では、なぜ日本国債の膨張をMM理論で正当化するのが誤りなのかを5つの観点から解き明かす。

  • 国家財政と企業財務の決定的な違い
  • 税金と将来世代への負担転嫁
  • 信認と金利のリスク
  • 倒産コストと通貨価値の毀損
  • 実証研究と財政政策の現実

国家財政と企業財務の決定的な違い

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MM理論は企業を対象としたものであり、国家にそのまま適用することはできない。企業の場合、資本構成は「株式」と「負債」の組み合わせであり、その価値は市場で清算可能だ。しかし国家には清算市場もなければ、株式に相当する「出資者」も存在しない。国家の債務は強制力を伴う税収や通貨発行権で支えられるものであり、民間企業のバランスシート論理とは本質的に異なる。MM理論を持ち出して「国債は問題にならない」と言うのは、比較対象そのものを誤っているのである。財政学においてはむしろ「持続可能性」と「信認」が中心概念であり、単なる資本構成論で語ることはできない。

税金と将来世代への負担転嫁

MM理論は税の不存在を前提にしているが、国家財政では税こそが債務返済の基盤である。国債は発行時点では政府の資金調達手段に過ぎないが、将来には必ず「増税」または「歳出削減」によって返済・維持される。これはすなわち、現在の財政赤字が将来世代への負担転嫁となることを意味する。MM理論的に「債務と資産は相殺される」としても、実際には課税権の行使を通じて家計や企業が直接影響を受ける。日本の国債の大半を国内で保有しているからといって「問題なし」とは言えず、むしろ将来世代に課税負担を押し付ける形でバランスが取られているに過ぎない。この視点を無視するのは明らかな誤用である。

信認と金利のリスク

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MM理論は完全市場を前提とするため、債務水準が市場の金利や信用に影響を与えないと仮定する。しかし現実の金融市場では、国債残高の拡大は投資家の信認を揺るがし、リスクプレミアムを通じて金利上昇を招き得る。現在の日本では日銀の大量購入により金利が低位に抑えられているが、これは市場メカニズムではなく政策的な歪みである。将来的に日銀が国債買い入れを減らした場合、金利急騰や通貨安が一気に進む可能性がある。MM理論的な「資本構成は中立」という発想では、こうした信認リスクをまったく説明できない。国の信用が失われれば財政も通貨も不安定化するという現実は、MM理論の枠外にある。

倒産コストと通貨価値の毀損

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企業における倒産コストは破産手続きや事業停止のコストを意味するが、国家には形式上「倒産」はない。しかし、国家財政における実質的な「倒産」は、通貨価値の毀損やインフレという形で現れる。政府が過剰債務を通貨発行で賄おうとすれば、ハイパーインフレや通貨急落が生じ、国民の資産価値が大幅に失われる。これは企業における倒産以上に深刻な社会的コストを伴う。MM理論が想定する「破綻コストゼロ」という前提は、国家財政に当てはめれば致命的に不合理であり、むしろ現実では最も重要なリスク要因である。

実証研究と財政政策の現実

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実証的にも、日本のように債務残高が膨大な国では、将来的な増税や社会保障削減が避けられないと指摘されている。OECDやIMFの試算では、長期的な高齢化コストとあわせて、日本財政の持続可能性は深刻に制約を受けている。MM理論的に「負債と資産は表裏一体」と捉えるのは一見合理的に見えるが、国家財政では資産の売却に政治的制約があり、国民合意なくして調整は進まない。現実の政策運営は政治・社会的要素に左右されるため、理論上の均衡は実際には達成されない。こうした摩擦を無視して「国債残高は問題ない」と論じることは、現実の政治経済を軽視する危険な言説に他ならない。

結局、ツケは将来世代に回るんですよね…。

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まとめ

日本の国債残高をめぐる議論でMM理論を持ち出すのは、理論の適用範囲を誤解した誤用である。企業財務と国家財政は構造的に異なり、完全市場や無税、倒産コストゼロといったMM理論の前提は国家には当てはまらない。むしろ現実には、国債残高の膨張は将来世代への負担転嫁、信認リスク、通貨価値毀損といった深刻な問題を引き起こす。理論上の「資本構成の中立性」を楯にして財政問題を軽視するのは危険であり、日本の持続可能な財政運営を考えるうえでは、MM理論の限界と非合理性を直視することが不可欠である。国債の膨張をどう抑制し、社会的合意のもとで負担を分かち合うかこそ、現代日本の最大の課題といえよう。

著者プロフィール

K2編集部
K2編集部
投資家、現役証券マン、現役保険マンの立場で記事を書いています。
K2アドバイザーによって内容確認した上で、K2公認の情報としてアップしています。

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